あたかもルイ・アームストロングの軌跡をたどるようにJAZZ発祥の地、ニューオリンズからシカゴ、そしてNYへ。映画「カンザス・シティ」であのチャーリー・パーカーを彷彿させた。
1965年9月ニューオリンズ生まれ。10歳でアルトサックスを手にし、NOCCAでエリス・マルサリスの指導を受け、チャーリー・パーカーを徹底的に聴き込む。この時代に培った教育と練習はその後の彼の方向性を決めた
名門 New Orleans Center for Creative Artsの卒業生にはマルサリス兄弟、テレンス・ブランチャード、ハリー・コニックJr、ニコラス・ベイトンなどそうそうたるプレイヤーを排出している。
86年、ニュージャージーのウイリアム・パターソンカレッジに入学し、イリノイ・ジャズビックバンドの一員としてプロの道を歩み、欧州ツアーから帰国後ニュースクールに入学しシダー・ウォルトン(p)のレコーディングに参加した。以後、チコ・ハミルトン(dr)、ジュニア・マンス(p)らとの共演、クラーク・テリー(tp)のクインテットを経て1992年自らのバンドを結成。
1998年 フィラデルフィア・タウンビート・ミュージックでは「チャーリー・パーカーの再来」と言われ、第一線のスターに躍り出た。現在はイタリア・ベローナに居を移して活躍している。
ベローナジャズフェスティバルでの「チャーリー・パーカートリビュート」の演奏は大きな反響を呼んだ。